編集者と考える

われわれは「本当のコミュ力」を誤解している

2017/10/11(水) 公開

あなたは「コミュニケーション能力が高い人」と聞いて、どんな人物をイメージするでしょうか。初対面の人とすぐに仲良くなれる人? 自分の意見を堂々と言える人? それとも、話の聞き上手な人? しかし、こうしたイメージに疑問を投げ掛ける方がいます。

「それは『社交性が高い人』のことであって、コミュニケーション能力の本質とは違う。人見知りでもコミュニケーション能力が高い人はいる。その代表例が、作家や漫画家といったクリエイターだと思っています」

そう指摘するのは、クリエイターのエージェント会社「コルク」の代表を務め、編集者としても『宇宙兄弟』や『インベスターZ』など数々のヒット作を手掛けてきた佐渡島庸平さん。しかし作家や漫画家といったクリエイターの中には、才能はあるけど、人付き合いが得意ではない人もいるはず。それでも佐渡島さんは、「クリエイターとして成功する人は、みなさんコミュニケーション能力が高い」と言い切るのです。

そこで今回、佐渡島さんに、私たちが誤解している「本当のコミュニケーション能力」と、その伸ばし方についてお話をうかがってみました。
(取材・文:小山田裕哉 撮影:石橋俊治 企画:Yahoo! JAPAN)

コミュ力とは人付き合いの力ではない

「成功するクリエイターはみんな、コミュニケーション能力が高い人たちです。例えば作家。使う言葉は正確で、感情の伝達もうまい。単行本の帯を書いてもらったりすると、短い文章で本の面白さを見事に表現してくれます。これを『コミュニケーション能力が高い』と言わずして、何と言うのでしょうか?」

ということは、作家さんや漫画家さんに人付き合いが苦手なイメージがあるのは、誤解ということでしょうか?

「いや、作家さんはコミュニケーション能力が高いからといって、人付き合いがうまい人ばかりではありません。これは速度の問題です。こうして質問をされて、僕はすぐに答えていますよね? でも作家さんの中には、誰よりも的確な言葉で答えるけど、回答に1カ月はかかってしまう人もいる。今の世の中でいわれている“コミュニケーション能力”は、いかに短い時間で答えを返すか、そればかりが問われています。コミュニケーション能力には本当は両方の側面があるのに、今は即時性ばかりが重視されてしまっているのです」

クリエイターなら理解できるのですが、ビジネスの現場においてはスピードを重視するのは正しいのでは?

「作家は作品を通じて世間と対話するために、その内容をじっくり考え抜きます。だから言葉で人の心を動かすことができる。これと同じように企業だって、商品を通じて世間と対話していますよね。本当に社会で勝つためには、作家のように深く考えることも必要なはずです。

しかし、今の世の中が求めているのはコミュニケーション能力というより、“社交性”です。社交性がある人とは、雑談がうまい人のこと。それは企業が本当に求めるコミュニケーション能力とは、異なったものだと思います」

インタビューは得意だけど、世間話は苦手

コミュニケーション能力と社交性は、実はイコールではない。これに佐渡島さんが気付いたのは、「ストレングスファインダー」という資質診断のテストを受けたときのことでした。

「『ストレングスファインダー』は、アメリカのギャラップ社による心理学のテストです。人間の特徴を34の強みに分けて診断し、個人の資質を明らかにしていく。そこでは“社交性”と“コミュニケーション”が分けて説明されています」

ストレングスファインダーにおける“社交性”とは、イベントやパーティーなどで、初対面の人とも親密な関係を築くことができる能力のことを指します。一方の“コミュニケーション”とは、会話や文章を通じて、人々の共感を集める能力のことを指しています。

もう少し詳しく言うと、社交性の強みを持つ人が向いている職業は、マーケティングや営業といった「人のつながりが業績につながる仕事」であり、コミュニケーションの強みを持つ人が向いているのは、表現者のような「言葉によって人々に影響を及ぼす仕事」なのです。

「例えば、こうして取材を受けることが多い僕は、社交性がある人物のように見えると思います。でもストレングスファインダーでは、社交性は決して高くないと出ます。実際、パーティーが苦手で、知らない人ばかりだと、どうしていいかわからなくなります。つまり、僕も人見知りなんです(笑)。

こうして取材でスラスラ話せるのは、これが雑談じゃないからです。目の前にいるインタビュアーと雑談しているのではなく、メディアの向こう側にいる読者に対して、今まで自分が考えてきたことを語るから、スムーズに話せているのです。

反対に、床屋さんでするような世間話は本当に苦手で、つい黙ってしまうことが多い。でも、そうすると不機嫌になっているとか、僕が相手を嫌っているんだと誤解されてしまう。僕は時間をかけて考えたことを話すのは得意だけど、社交性が求められる場面は苦手だというだけなんですけどね」

そうしたすれ違いを避けるために、佐渡島さんが代表を務める「コルク」では、社員全員にストレングスファインダーを受けさせ、その結果を共有しているそうです。

「互いに強みと弱みがわかっていると、こうした誤解がなくなります。佐渡島は黙っているけど、別に不機嫌なわけじゃなく、じっと考えているだけなんだ、と説明しなくても伝わるんですね。こうした個人の特徴は長い時間を一緒に過ごすことでわかってくるものですが、ストレングスファインダーを受けておけば、最初から互いのことが客観的に理解できる。いわば、自分の取扱説明書を交換しておくようなものです」

「今、お腹が何%空いていますか?」

佐渡島さんがこうした仕組みを会社に導入した背景には、個人の弱みは克服すべきものではなく、強みを伸ばすことでカバーしていったほうがいいという考えがあるそうです。

「人見知りは克服すべきものかと聞かれたら、そうではないと答えます。その人の強みは深く考えることに向いている『内省』かもしれないし、『戦略性』かもしれない。人見知りを無理に矯正すると、そうした本来持っていた強みが失われてしまうのです。

仕事をするうえで重要なのは、『自分が何に向いているか』を知ることだけでなく、『自分が何に向いていないか』を知ることです。自分が社交的なことに向いていないとわかれば、その分ほかの部分を伸ばしていこうという意識が芽生え、結果として仕事に対しても能動的になっていきます」

また、佐渡島さんは「優れたクリエイターはみんな、自分のことがよくわかっている」とも言います。

「漫画家の三田紀房さん(『ドラゴン桜』や『インベスターZ』の作者)は、どの作品も単行本が20巻ほどで終わっています。それはなぜかと聞いてみたら、『老後に自分の漫画を読みたいけど、自分は飽きっぽいから、このぐらいの長さがちょうどいいんだ』とおっしゃっていました。これだけ自分のことがわかっていると、作品づくりにおいてもブレることがないのです。

しかし、ほとんどの人は自分がどんな人間がよくわかっていません。例えば、僕は大学の講演会などに呼ばれると、よく学生に質問をします。『今お腹が何%空いていますか、説明してみてください』と聞くんです。これが意外と答えられない。ちょっと考えてみてください」

うーん、今は昼前ですが、朝ごはんをわりとしっかり食べてきたので、40%くらいでしょうか。

「では、それが何%まで減ったらご飯を食べたくなりますか? 80%と20%のときに、自分の体はどう違いますか?」

そう聞かれると、自分のことなのによくわからなくなってきます。

「そういう人がほとんどです。空腹という毎日感じていることですら説明できないのですから、感情の動き方については、余計に客観的に説明できる人は少ない。自分の中に物差しがなければ、判断する基準がなく、突き詰めてものを考えることもできないのです」

主観という名の物差しを持て

「今は従来、価値があるとされていた能力がどんどん減っていく時代です。例えば英会話だって、今後はグーグル翻訳があれば学ぶ必要はないよね、となっていくかもしれません。そうしたときに大切なのは、自分自身が経験したことに対して、自分はどう感じたか、自分なりの言葉でしっかり語れることです」

そのためにも、自分なりの物差しを持たなければならない、と佐渡島さんは言います。

「僕にも本を編集するときには、ひとつの物差しがあります。大学時代にアン・マイクルズの『儚い光』という小説を読んでいて、授業をサボったことがあります。電車に乗りながら読んでいたら、あまりにもそこで描かれた世界が美しすぎて、ずっとこの世界に浸っていたいと思ったんです。

僕には編集という仕事を通じて、このときの感動を再現したいという思いがあります。だから今も、『儚い光』から受けた感動と比較して、この作品の完成度は何%まできているのかと考えます。もし、その100%にまで達していなかったら、今度は何が足りないかと考えていく。そうやって作品を磨き上げていくわけです」

しかし、「その判断は主観にすぎない」「もっと客観的なデータで判断すべきだ」といった意見もあり得るのでは?

「『主観でしょ?』と言われたら、『主観です』と答えます。データからわかるのは、『今みんなが何を好きか』といったこと。作品づくりをマーケティングでやろうとすると、はやっているものの後追いになってしまいます。そこから人に感動を与えるものは生まれないのではないか、というのが僕の考えです。

繰り返しになりますが、大切なのは、自分の物差しを持ち、自分が何を好きで、何が苦手なのか知っておくこと。人見知りだからといって無理に社交性を身に付けようとするのではなく、まず自分の心の読解力を鍛えていく。それが本来の意味で『コミュ力のある人』になるということだと思います」

佐渡島庸平(さどしま・ようへい)
twitter@sadycork
1979年東京都生まれ。2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、クリエイターのエージェント会社、コルクを設立。現在、漫画作品では『オチビサン』『鼻下長紳士回顧録』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『テンプリズム』(曽田正人)、『インベスターZ』(三田紀房)、『昼間のパパは光ってる』(羽賀翔一)、小説作品では『マチネの終わりに』(平野啓一郎)の編集に携わっている。